「ベースアップ評価料」の新設に対応するため、職員給与のベースアップをご検討中の先生は多いかと思います。そこで今回はベースアップの実施にあたり、予め押さえておくべき社会保険上の留意点を解説します。
そもそも「ベースアップ」とは何でしょうか。 ベースアップ(以下「ベア」といいます。)とは、賃金表の改定などにより賃金水準を引き上げることです。たとえば、従前、3等級5号俸が200,000円であるところ、それを210,000円に引き上げるといった具合です。 また、賃金表がない場合は、就業規則や労働契約に定める基本給などを引き上げることをいいます。たとえば、従前、個別労働契約において基本給220,000円としていたところ、それを230,000円に引き上げるといった具合です。なお、賃金表はそのままに、3等級8号俸から4等級1号俸というような格付けの変更は「定期昇給」にあたりますので、ベアにはあたりません。
ベアを実施したとき、ベア後の賃金を支給した月から4か月目に社会保険料の計算に用いられる報酬の月額(「標準報酬月額」)が変更されることがあります。 この変更を「随時改定」といいます。 毎月の社会保険料は標準報酬月額に料率を乗じることにより算出しますので、標準報酬月額の上昇は社会保険料の増加を意味します。
随時改定の要件は、次のとおりです。
要件 ※1 |
① 固定的賃金、または賃金体系の変更があったこと。 ② 変動月以後引き続く3ヵ月とも支払い基礎日数が原則として17日以上であったこと。 ③ 変動月から3か月間の報酬の平均額と現在の標準報酬月額に2等級以上の差が生じたこと。 |
ベアを実施すれば、①の要件を満たします。 他方で、ベア実施後、②および③の要件を満たすかは人によります。たとえば、変動月以後引き続く3か月の間に欠勤している場合は②の要件を満たさない可能性があり、また、当該3か月間に全く時間外労働をしていない場合は③の要件を満たさない可能性があります。上記の要件を満たす場合、変動月から4か月目に年金事務所 に月額変更届を提出のうえ、その翌月から控除保険料を変更する必要があります ※2。
※1 すべての要件を満たすことが必要。 ※2 健康保険組合に加入している場合、健康保険組合にも月額変更届を提出。
<具体例> 前提 年齢 30歳 賃金体系 月給制 賃金締切日 末日 賃金支払日 翌月25日 保険者 全国健康保険協会東京支部 ベア前賃金(R6.3まで) ベア後賃金(R6.4/1付け) |
支給月 | 欠勤日数 | 基本給 | 通勤手当 | 割増賃金 | 総支給額 |
R.6.5 | 0日 | 230,000円 | 5,000円 | 35,000円 | 270,000円 |
R.6.6 | 0日 | 230,000円 | 5,000円 | 37,500円 | 272,500円 |
R.6.7 | 0日 | 230,000円 | 5,000円 | 55,000円 | 290,000円 |
合計 | 832,500円 |
末締め・翌月25日払いですので、ベア後の賃金は5月から支給されます。まず、基本給が220,000円から230,000円に上昇していますので、①の要件を満たします。つぎに、3か月とも欠勤日数は0日ですので②の要件を満たします。そして、3か月間の報酬の平均額に基づく標準報酬月額は280,000円ですので、③の要件も満たします。以上から、随時改定が発生します。新たな社会保険料は次のとおりです。
健康保険料 27,944円(3,992円増)※労使折半 厚生年金保険料 51,240円(73,210円増)※労使折半 |
ベアにより支払い額が増加すれば、雇用保険料も増加します。 雇用保険料は、支払った賃金に雇用保険料率を乗じて算出するためです。
<具体例>
ベア前賃金(R6.4支給) 225,000円 ベア後賃金(R6.5支給) 270,000円 |
ベアを実施したとき、雇用保険料は必ず増加しますが、社会保険料は随時改定の要件を満たした場合に限り増加します。ベア後に想定以上に費用が膨らんでしまったという事態を避けるため、予めその旨を留意する必要があるでしょう。
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